熊本地方裁判所 平成9年(ワ)726号 判決 1998年2月18日
原告(反訴被告)(以下「原告」という。)
有限会社フードショップ旭
右代表者代表取締役
林田孝
右訴訟代理人弁護士
建部明
被告(反訴原告)(以下「被告」という。)
協同組合松橋ショッピングセンター
右代表者代表理事
濱田恭宏
右訴訟代理人弁護士
村山光信
主文
一 被告は、原告に対し、二八万三五一九円及びこれに対する平成九年五月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求及び被告の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
(本訴)
被告は、原告に対し、六〇〇〇万円及びこれに対する平成九年五月三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(反訴)
原告は、被告に対し、二四二万八八九一円及びこれに対する平成九年七月一一日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、一方で、原告が被告に対し、被告から脱退したことによる持分の払戻しを求め、他方で、被告が原告に対し、貸金の返還を求めた事案である。
原告は、原告の被告に対する持分払戻請求権が一億六三一五万一五五二円であると主張し、この金額から被告の原告に対する後記1(五)及び(六)の各債権の合計額を控除した残額の内六〇〇〇万円を請求している。一方、被告は、原告の被告に対する持分払戻請求権が四〇五五万七六四一円(四三三四万二〇五一円から源泉徴収額二七八万四四一〇円を控除した金額)であると主張し、この金額と原告の被告に対する後記1(七)の債権との合計額から、被告の原告に対する後記1(六)の各債権の合計額を差し引くと、原告の被告に対する残債権が三三七四万二二四八円になるとして、被告の原告に対する後記1(五)の貸金債権からこの残債権を控除した残額二四二万八八九一円を請求している。
1 争いのない事実等(末尾に証拠を掲げた外は争いがない。)
(一) 原告は、食料品、青果物等の販売を業とする会社であり、被告は、組合員のためにする共同店舗の設置及び管理運営等の事業を行う中小企業等協同組合法に基づく協同組合である。
(二) 原告は、昭和五七年一一月の被告設立当初からの組合員であり、被告に対し、二九四二口、額面額二九四二万円の出資をし、持分を有していたが、平成八年一月末日、被告に対し、脱退の届け出をした(自由脱退)。
(三) 定款一四条には、「組合員が脱退したときは、当該事業年度末の決算貸借対照表における出資金、法定準備金、資本準備金、特別積立金、繰越損益金の合計額に当期利益剰余金のうち本組合に留保した金額(教育情報費用繰越金を除く。)を加算した金額、又は当期損失金を減額した金額(以下本条において「払戻対象金額」という。)(本組合の財産が払戻対象金額より減少したときは払戻対象金額から当該減少額を減額した金額)につき、その出資口数に応じて算定した金額を限度として払戻すものとする。ただし、除名による場合はその半額とする。」と規定されている(甲一)。
(四) 平成八年三月三一日の時点における簿価(賃借対照表に記載された価額)により算定された原告の持分は、四三三四万二〇五一円である。
(五) 被告は、原告に対し、利息及び弁済期を定めず、(1)平成八年二月一三日一六二四万二八五六円、(2)同月二〇日四〇〇万円、(3)同月二九日一五九二万八二八三円の合計三六一七万一一三九円を貸し渡した。
(六) 被告は、平成八年三月三一日の時点で、原告に対し、右(五)の外、(1)センター通会費等立替金三〇〇〇円、(2)組合負担金六八八万四三九三円の合計六八八万七三九三円の債権を有していた。
(七) 原告は、平成八年三月三一日の時点で、被告に対し、右(二)の脱退に伴う持分払戻請求権の外、長期仮受金七万二〇〇〇円の債権を有していた。
(八) 被告は、原告に対し、平成一〇年一月二一日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する右(五)及び(六)の債権をもって、原告の被告に対する持分払戻請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
2 争点
(一) 被告の定款一四条の規定のうち、持分算定の基礎となる被告の財産の価額を簿価によるものとする部分は無効であり、脱退した組合員には、時価による評価をもとに算定した持分を払い戻すべきであるかどうか。
原告は、判例(最高裁判所昭和四四年一二月一一日第一小法廷判決民集二三巻一二号二四四七頁)では、持分計算の基礎となる組合財産の評価につき、簿価によるべきではなく、時価を標準とすべきものとされているので、これに従うべきであり、被告の定款一四条の規定のうち、簿価によるものとする部分は判例に抵触し無効であるから、時価による評価をもとに算定した持分を払い戻すべきであると主張している。これに対し、被告は、組合財産の評価の問題と持分払戻の限度額とは別の問題であり、原告の指摘する判例は、組合財産の評価につき、不動産の評価は時価によるべきであると判示したものであるが、被告の定款一四条の規定は、持分払戻の限度額を定め、簿価をもとに算定した持分を限度として払い戻すこととしたものであるから、判例に抵触するものではないと反論している。
(二) 平成八年三月三一日の時点における被告の財産を時価によって評価して算定した原告の持分の価格はいくらか。また、被告が原告に払戻すべき持分の価格はいくらか。
原告は、右時点における被告の財産を時価により評価し、これを基礎として算定した持分一口当たりの金額は五万五四五六円であり、原告の持分は二九四二口であるから、被告が原告に支払うべき持分払戻額は一億六三一五万一五五二円になると主張している。これに対し、被告は、原告に支払うべき持分払戻額は、定款一四条の規定により簿価をもとに算定した持分が限度であるから、右1(四)のとおり四三三四万二〇五一円に限定されると反論している。
(三) 被告が原告について定款一四条の規定に従って払戻金を主張するのは信義則に反するかどうか。
原告は、以前に有限会社フジムラ及び有限会社ファミリー松橋(以下それぞれ「フジムラ」「ファミリー松橋」という。)が自由脱退したが、被告は、いずれの場合も、時価評価により算定した持分額を限度として払戻金額について脱退者と合意して処置しており、定款一四条の規定と異なる対処をしているので、原告の例についてのみ定款一四条の規定を持ち出すのは信義則に反するというべきであると主張している。これに対し、被告は、そもそも持分の払戻しについて定款一四条の規定と異なる取扱があれば、その取扱こそ問題であり、安易にその前例によるべきではないし、また、原告の指摘する過去二回の例につき、フジムラの例は持分譲渡により脱退したものであり、ファミリー松橋の例は除名決議により脱退したものであって、いずれも実際に持分計算に基づいて払戻しをしたものではないから、原告の右主張は失当であると反論している。
三 争点に対する判断
1 争点(一)について
中小企業等協同組合法二〇条一項は、組合員は、脱退したときは、定款の定めるところにより、その持分の全部又は一部の払戻を請求することができると規定しているが、持分の算定方法及びその払戻の限度(持分の全部か一部か、一部とした場合どの程度払い戻すべきか)については、同法は全く規定しておらず、協同組合制度の趣旨に反しない限り、定款でどのように定めても差し支えないものと解されるところ、協同組合では組合員の脱退の自由が認められているから、脱退した組合員の持分払戻についての利益を保護する必要があるが、その反面、協同組合の財産を維持して財産的基礎を堅実にするため、持分払戻請求権を制限する必要もあるので、これらの二つの利益の調整の見地から、定款において組合員が払戻を請求できる額を持分の一部に限定することができるものというべきである。そして、原告が指摘する判例は、持分計算の基礎となる組合財産の評価につき、協同組合としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とすべきものと解するのが相当であると判断したものであり、持分の算定方法に関するものであって、持分払戻の限度額に関するものではないから、定款により、時価によって算定した持分の全部ではなく、その一部を払い戻すものと定めたとしても、これが判例に違反し無効になるということはできない。
被告の定款一四条は、組合員が脱退したときは、簿価によって算定した持分を限度として払い戻すものとし、持分払戻の限度額について規定しているのであり、持分算定の基礎となる組合財産の評価を簿価によるべきであると規定しているのではないから、右規定は、判例に従い、組合財産を時価によって評価し、これを基礎として算定した持分の価格を前提として、その持分払戻の限度額を定めたもの、すなわち、被告の財産を時価によって評価して持分を算定し、その金額が簿価に基づいて算定された持分の金額と同じか、それを上回るときは、簿価によって算定された持分を払い戻し、時価によって算定された持分が簿価によって算定された持分に満たないときは、時価によって算定された持分を払い戻す旨を規定したものであるから、何ら判例に抵触するものではないといわなければならず、これに反する原告の主張を採用することはできない。
2 争点(二)について
平成八年三月三一日の時点における原告の持分の評価につき、証拠(甲二及び三の各1、2、乙一の1、証人内田晶士)によると、被告の資産のうち土地を時価によって評価すると一六億八三〇〇万円となり、これを前提として被告の資産全体を評価すると二九億八七二四万八〇九四円となり、これから負債を控除した純資産額は一五億六九五一万〇一七六円となること、また、通常、持分の評価のときは法人税等相当額を差し引くことはないが、過大評価にならないようにするため、被告が解散した場合を仮定し、その場合には清算所得に税金が課せられることになるので、その税金相当分六億七九九二万七四一〇円を差し引くと、税引後純資産額が八億八九五八万二七六六円となること、そして、これをもとに持分を評価すれば、被告の持分は全部で一万六〇四一口であるから、一口当たりの純資産額は五万五四五六円となり、そのうち原告の有する持分は二九四二口であるから、原告の持分の評価は一億六三一五万一五五二円となることなどが認められ、以上の算定経過に格別の疑問はないので、時価により算定した平成八年三月三一日の時点における原告の持分は一億六三一五万一五五二円であるということができる。これに対し、簿価により算定した右同日の時点における原告の持分が四三三四万二〇五一円であることは当事者間に争いがないので、結局、時価により算定した持分が簿価により算定した持分を上回ることになる。
そして、右1のとおり、被告の定款一四条の規定によると、被告の財産を時価によって評価して持分を算定し、その金額が簿価に基づいて算定された持分の金額を上回るときは、簿価によって算定された持分を払い戻すことになるので、被告は、原告に対し、簿価により算定した持分を払い戻さなければならないことになる。
したがって、原告の被告に対する持分払戻請求権の額は四三三四万二〇五一円であるといわなければならない。
3 争点(三)について
原告は、フジムラ及びファミリー松橋の脱退時には時価評価により算定した持分額を限度として払戻額が決定された旨主張しているので、これについて検討するに、原告代表者林田孝は、平成四年ころから原告が被告から脱退するまで被告の代表理事の地位にあったが、その供述内容をみると、フジムラが脱退したときは持分一口当たり三万一〇〇〇円と算定されたが、その根拠は覚えておらず、また、ファミリー松橋が脱退したときは持分一口当たり三万三二八三円と算定されたが、その根拠は分からないと供述しているに過ぎないので、右林田の供述は、原告の右主張の裏付けにはならないというべきである。
かえって、証拠(甲一、四、乙二の1、2、三ないし八)及び弁論の全趣旨によると、フジムラは、平成六年二月二二日被告に対し同月末日をもって脱退する旨の届出をしたが、被告において、フジムラの脱退に伴う持分の処理につき、定款一四条の規定のとおり簿価を基礎として算定した持分額を限度として払い戻す方法と他の組合員への持分譲渡による方法が検討された結果、フジムラは持分を全部譲渡して脱退したこと、また、ファミリー松橋は、被告に対して二六〇〇万円以上の債務を負担し、被告から再三請求を受けたのにその支払を怠ったため、平成六年四月一日開催の臨時総会で除名する旨の決議がされ、これにより被告から脱退したこと、ところが、ファミリー松橋が脱退後も被告の共同店舗で営業していたため、被告は、熊本地方裁判所にファミリー松橋を相手方として建物明渡断行の仮処分命令の申立てをしたこと、これに対し、ファミリー松橋は、右除名決議前、被告との間で、ファミリー松橋が脱退すれば、その持分六六一口を二二〇〇万〇〇六三円と評価し、これを被告に対する債務から差し引いた残債務四四〇万円余を支払えばよいと言われ、最終的には、同年八月一五日まで被告に建物を明け渡し、四四〇万円を支払うことで合意したにもかかわらず、右のとおり除名決議がされたと主張して争ったこと、そこで、被告とファミリー松橋は、同年六月七日の審尋期日において、ファミリー松橋が同月末日までに建物を明け渡すこと、ファミリー松橋が被告に貸付金等の債務二六四〇万四五八五円の支払義務があり、被告がファミリー松橋に持分六六一口の払戻金として二二〇〇万〇〇六三円の支払義務があることを認め、これらの債務を対当額で相殺することなどを内容とする和解が成立したことなどの事実を認めることができ、これらの事実によると、フジムラの脱退のときは持分の払戻しは行われておらず、ファミリー松橋の脱退のときも、被告のファミリー松橋に対する貸付金等の債権が回収できないので、これとファミリー松橋の被告に対する持分払戻請求権とを相殺し、現実には持分の払戻しは行われなかったのであるから、結局、フジムラ及びファミリー松橋の脱退の際、被告が定款一四条の規定に違反して時価で評価した持分全額を払い戻した事実は認められないといわなければならない。
以上のとおりであるから、原告の信義則違反の主張は理由がないというべきである。
4 結論
まず、原告は、被告に対し、持分払戻請求権として四三三四万二〇五一円の債権を有しているが、他方において、被告は、原告に対し、貸金債権、立替金債権及び組合負担金債権として合計四三〇五万八五三二円の債権を有し、これをもって右持分払戻請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をしているので、結局、原告の被告に対する持分払戻請求は二八万三五一九円の限度で理由があるといわなければならない。なお、原告は、遅延損害金につき、商事法定利率年六分の割合で請求しているが、被告は営利を目的とするものではなく、したがって商人ではないし、持分払戻金を支払う債務は商行為によって生じた債務ではないから、民法所定の年五分の割合の限度で請求できるに過ぎないというべきである。また、被告は、持分払戻請求権四三三四万二〇五一円から源泉徴収額二七八万四四一〇円を控除すべきであると主張しているが、被告は、源泉徴収義務を負うとしても、持分払戻金の支払に際して原告から徴収すべき税額を天引(支払留保)することができるだけであり、それ以上の積極的な徴収権限を有するものではないから、被告の右主張を採用することはできない。
次に、被告は、原告に対し、貸金債権三六一七万一一三九円を有しているが、原告の被告に対する持分払戻請求権四三三四万二〇五一円と長期仮受金債権七万二〇〇〇円の合計四三四一万四〇五一円から、被告の原告に対する立替金債権及び組合負担金債権の合計六八八万七三九三円を差し引くと、原告の被告に対する残債権の額が三六五二万六六五八円となり、被告の原告に対する貸金債権の額を上回ることになるので、結局、被告の原告に対する貸金請求は理由がないといわなければならない。
(裁判官河田充規)